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今週の伊勢物語
四 月やあらぬ
五、わが通ひ路の
六、白玉か
四 月やあらぬ

 昔、東の五条に大后の宮おはしましける西の対に住む人ありけり。
それを本意にはあらで、心ざしふかかりける人、いきとぶらいけるを、む月の十日ばかりのほどに、ほかに隠れにけり。ありどころは聞けど、人の行き通うべき所にもあらざりければ、なほ憂しと思ひつつなむありける。
 又の年のむ月に、梅の花ざかりに、去年を恋ひて、行きて、立ちて見、ゐて見、見れど、去年に似るべくもあらず。
うち泣きて、あばらなる板敷に月のかたぶくまでふせりて、去年を思ひいでよめる、
 
月やあらぬ春や昔の春ならぬわが身ひとつはもとの身にして

とよみて、夜のほのぼのと歩くに、泣く泣く帰りにけり。
 
五、わが通ひ路の

 昔、男ありけり。東の五条あたりにいと忍びていきけり。
みそかなる所なれば、角よりもえ入らで、童べの踏みあけたる築地のくづれより通いけり。
人しげくもあらねど、度かさなりければ、あるじ聞きつけて、その通い路に、夜ごとに人をすゑてまもらせければ、行けども逢はで帰りけり。
さてよめる、
 
人知れぬ通い路の関守はよひよひごとにうちも寝ななむ

とよめりければ、いとたいそう心やみけり。あるじゆるしてけり。
 二条の后にしのびてまゐりけるを、世の聞こえありければ、兄人たちのまもらせた給ひけるとぞ。
 
六、白玉か

 昔、男ありけり。女のえ得まじかりけるを、年を経てよばいわたりけるを、からうじて盗み出でて、いと暗きに来けり。
芥川という河を率ていきければ、草の上に置きたりける露を、「かれは何ぞ」となむ男に問ひける。
 ゆくさき多く、夜もふけにければ、鬼あるところとも知らで、神さへいといみじう鳴り、雨もいとう降りければ、あばらなる蔵に、女をば奥におし入れて、男、弓・やなぐいを負いて戸口に居り。
はや、夜も明けなむと思ひつつゐたりけるに、鬼はや一口に食いてけり。
「あなや」といひけれど、神鳴るわぎに、え聞かざりけり。
やうやう夜も明けゆくに、見ればゐて来し女もなし。
足ずりをして泣けどもかひなし。
 
白玉かなにぞと人の問ひし時露と答えて消えなましものを

 これは、二条の后の、いとこの女御の御もとに仕うまつるやうにてゐ給へりけるを、かたちとめでたくおはしければ、盗みて負ひていでたりけるを、御兄人堀河の大臣(おとど)、太郎国経の大納言、まだ(げろう)にて、内へまゐり給ふに、いみじう泣く人あるをききつけて、とどめてとりかえし給うてけり。
それをかく鬼とはいうなりけり。
まだいと若うて、后のただにおはしける時とや。
 
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